「魔の3週目」という言葉がある。
生後3週目ころから、赤ちゃんがギャンギャンと大声で泣き始めるようになり、また夜中も寝ないで泣き始める、夕方に突然泣き始めるなど、制御不能になる現象をママたちがそう呼んでいる。
産後の体調も回復し、夜間の頻回授乳も減り、漸く睡眠時間が取れるか、と期待していたママたちにとって絶望的になる瞬間だ。

今振り返ると、生後3,4週目ころからは、赤ちゃんに大声で泣くだけの肺活量や、夜中も寝ないで泣くだけの体力がつき始めるから、ああなるのであろう。
一説には、赤ちゃん自身が、心地よかった子宮から、厳しい外界に出てきてしまったことに気づくのがこの頃で、何故自分はこんなところにいるのかと我に返って泣く、という話もある。

ウチの娘にも「魔の3週目」があった。
理由がわからず、とにかくギャンギャンと大声で泣きまくるので、私はひとりでオロオロ途方にくれていた。
おっぱいでもないし、おむつでもない。お腹が痛いのだろうか。一体何なんだ?
何をしても泣き止まない、そして寝ない赤ちゃんを抱っこしてばかりで、何もできずに一日が終わってしまうことも多かった。

そんな頃に読んで救われたのが、このトレーシー・ホッグの育児書だった。
1990年代に発売されて、アメリカではベストセラーになった本だ。
シアーズ博士のベビーブックに並び、アメリカでは育児書の双璧とも言える。


トレーシー・ホッグは、看護師の資格を持ち、ベビーシッター養成や育児相談などを行うプロのベビーシッターであり、この本はその経験を通じて、何千もの赤ちゃんとその親との組み合わせを見てきて書かれた本だ。
他の育児書との違いは、赤ちゃん視点でありながら、「とにかく親がラクになるための方法」を書いていることだ。

親がラクになるために一番大切なのが、「赤ちゃんが何を言いたいのかを理解すること」。
赤ちゃんの仕草や泣き方をよく観察して、本当にしてほしいことを理解し、してあげれば、赤ちゃんも喜ぶし、親も楽になる。
それをしながら、授乳→遊ぶ→寝る→親が自分の時間を取るというリズムを作ってあげることで、赤ちゃんの体調も整って、腹痛などが減ってくるし、親もいつ自分の時間が取れるのか予測できる生活が出来るようになる。

赤ちゃんを育てた経験のない人は、もしくは育てていても、この本でいうところの「エンジェルタイプ」や「育児書タイプ」の赤ちゃんだった人は、そんなことの何が大変なのか、わからないかもしれない。
でも、多くの親は赤ちゃんの声を聞き分けるのが難しいと感じたことがあると思う。
実際、泣いている赤ちゃんを目の前にして、冷静に観察して、理由分析をするなんて難しいのである。

この本が優れているのは、泣き声を聞くと、とっさに行動に出てしまう親は、何故赤ちゃんの泣いている様子を黙って観察する事ができないのかを、親の心理状態にまで入り込んで問題解決をしていることだ。

例えば、赤ちゃんの泣き声を聞くと、おっぱいを赤ちゃんの口に突っ込んで泣き止ませてしまう母親がいる。
彼女は、自分の母親に「泣くのはあなたの育て方が悪いんじゃないの?」と言われたことが原因で、「とにかく泣くのはダメなんだ」と、落ち着いて赤ちゃんの泣く様子を観察することが出来なかったのだという。

赤ちゃんに自分の思いを重ねてしまう親も多いという。
イヴォンヌの赤ちゃんは寝付くときによくぐずります。
「まあ、かわいそうなアダム。一人ぼっちで寂しかったの?怖かったの?」
実は寂しいのはアダムではなく、イヴォンヌの方なのです。彼女の夫はたびに出ることが多いのですが、彼女は一人ぼっちが昔から苦手です。だからほんとうは「かわいそうなアダム」ではなく、「かわいそうなわたし」なのです。

難産だったなど、自分の満足するお産が出来なかった母親は、自信が持てず、赤ちゃんの声をうまく聞き分けることが出来ない事があるという。
でも、難産で悲しいのは自分であって、赤ちゃんはなんとも思っていない。

母親や父親自身に精神的に不安定な要素があると、その気持ちを赤ちゃんに置き換えてしまうことが多く、冷静に子育てできないため、著者はまずは親自身が自分の精神状態を理解し、「それは自分の問題であって、赤ちゃんの問題ではない」と自覚することを説いている。

そして、赤ちゃんが育てにくいのは、親の育て方が悪いのではなく、赤ちゃん自身の性格に由来することが多いこと。他人の赤ちゃんと比較して、育て方に自信をなくすのではなく、赤ちゃんがどのような性格で、何を求めているかをよく観察し、コミュニケーションを取ることが一番大切なことを説く。

こうやって赤ちゃんは、親とは別個の人格で、別個の感情を持つ人間なんだ、ということを自覚すると、この子は何を求めているのか、と冷静に観察して、欲しい物を与えることができるし、子育ても徐々にラクになる。
早い段階から、このように親が子供を別の人格だと自覚し、自分の感情を移入しすぎない子育てが出来るのは、親にとっても、赤ちゃんにとっても良いことではないだろうか。

赤ちゃんが泣くのは、お腹が空いたり、オムツが気持ち悪いだけでなく、「眠い」とか「疲れた」とか、「ゲップが出なくて痛い」、「暑い」、「寒い」、「興奮しすぎた」など、色んな理由があるが、これを頭や顔、舌や手足の動かし方などを含めた「泣き方」で原因を見分ける方法を教えてくれているのも、この本の良い所。
赤ちゃんが泣くたびに、P150~153の見分け方の表を読んで、理由を判定し、ボロボロになる頃には、私も赤ちゃんの泣く理由が7割くらいはわかるようになって、以前よりずっと楽になってきた。

おっぱいは伝家の宝刀、赤ちゃんは泣き止むことが多いのだが、余り使いすぎると親は赤ちゃんに振り回されて何もできなくなるし、そうやってちょこちょこ飲みばかりが続くと、赤ちゃんは栄養が多い後乳を飲めないばかりか、乳糖がたまって腹痛を起こすので何もいいことがない。
泣く理由がわかると、泣くたびにおっぱいを突っ込む必要もなくなり、腹痛などで泣くことも無くなって、徐々にリズムが整ってくる。
おっぱいをあげるのは、他の原因が考えられない本当に最後の手段としか使わなくなるので、授乳間隔があき、一回で量を飲ませられるようになるので、いわゆる「完母」がやりやすくなる。

こうして、わたしも赤ちゃんをあやしながら家事をしたり、ブログを更新したり、ということが普通にできるようになってきた。
(もちろん、出来ない日もある)

そうなるまでには、三歩進んで二歩下がりながら、一ヶ月くらいはかかるのであるが、3冊くらいの育児書を買って、親の生活をとにかくラクにする、という意味で一番役に立ったのはこの本だなぁと思っている。

[私が他に買った育児書]
新編 シアーズ博士夫妻のベビーブック
ウイリアム・シアーズ
主婦の友社
2008-12-18
 
親と離れてベビーベッドで赤ちゃんを寝かせて自立心を育てる育児が当たり前のアメリカで、母乳育児や、添い寝や添い乳、スリングで一日中一緒にいるなどの「アタッチメント育児」を推奨し、ベストセラーになった本。トレーシー・ホッグと両方読むと、バランスが取れるようになると思う。こちらもまたどこかで書評します。


0~4歳 わが子の発達に合わせた1日30分間「語りかけ」育児
サリー ウォード
小学館
2001-06-26

一日30分、赤ちゃんに語りかけ、双方向のコミュニケーションをすることで、子供の精神的な発達を促す本。
この本を読んで、私は赤ちゃんが「ほー」といえば「ほー」と返し、買い物に行っても「これはトマトだよ~」などと赤ちゃんに語りかける変な人になってしまったが、赤ちゃんとコミュニケーションがとれている自信は持てた。これもどこかで書評します